先日、参拝のご依頼がありました。「神恩感謝、お礼参りです。」ということでした。ご希望日は出張中であるため別の日をお願いしましたところ、その日しかご家族がお揃いになれないそうで(皆さん別々にお住まいのようです)「それでは、家族だけでお参りさせていただきますので大丈夫ですよ。」ということでした。 立派なお気持ちに応えることが出来ずに申し訳なく思いながら、後日出張から帰ってきました。お賽銭箱にはその方とご家族合わせて4つの御初穂料が入っていました。翌日、すぐに受取の文書とお守りを4人それぞれにお送りしました。
数日後、娘さんよりご丁寧なお礼のお電話がありました。「またお詣りさせていただきます。今後もどうぞ宜しくお願いします。」ということで、とても律儀で誠実なお人柄がうかがえました。その数時間後、今度はその方のお母様から同様のお電話を頂きました。 「元々別の所に住んでいましたが、娘がどうしても今八幡宮さんが良い(今八幡宮でないといけない)と言っており度々お詣りしていましたところ、悪いことが好転しました。当初(経営する)会社も良くなかったのですが、とてもよくなりました!全て神様のお陰です。娘は家を建て、引越して氏子になりました。」
何とも有難く、嬉しいお言葉でしょうか。そして、親子別にお住まいですがお二人ともそれぞれに御礼のお電話をなさる丁寧なことです。 ふと、先日ベルギーの御親戚をお連れでお参りになった皆さんを思い出しました。 神恩感謝、お礼のお詣りであり、それぞれに御初穂料を奉納され 、後日御礼の連絡をなさる。 立派で素晴らしい方というのは共通するところがあるものです。 このような清廉高潔な方々がお詣りしてくださることは、このうえない幸せなことであり、こうした方と御縁が持てることに、神さまのお導きとして感謝するばかりです。 ご神前では自分の欲を捨て、(「捨てる」というより、元々お持ちでは無いと思います。)ひた向きに「感謝と御礼」というお気持ちを持っていらっしゃる。
見習うべき清く崇高なる志しです。
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