一昨日は恒例の古事記の輪読会が行われました。
「黄泉(よみ)の国」。死者が行く国です。「夜見の国」であり、真っ暗な世界。ここから戻ってくることを「蘇る(黄泉帰る・返る)」と言います。
本日の地域情報紙に、地元では著名なある写真家さんが逝去された記事が出ていました。 この紙面に、地域を掘り起こすべく、有名無名の場所や物などを、実に昭和58年(1983)から毎週連載されていました。
この方は元々氏子さんでした。のちに転居されましたが、「今でも私の氏神さまは今八幡宮です。」といつも言われて懐かしくされていました。
掲載する(紹介する)内容も、当宮を第一に考えてくださっており、市内の神社・寺院では当宮が過去最多の登場でした。それほど気に入っておられました。 「ここが一番神社らしい」とは、商売色を出す神社が増えるなか、地道な奉仕を認めてもらったようで有難いお言葉でした。 そうした努力や理解もあり、年末には良くお見えになり「新年第一回目は今八幡宮でいきます」と、今年も当宮の狛犬などが掲載されました。
社報に寄稿していただいたときも、当宮への篤い想いが綴られており、また「とても良くできた社報です。今度から新しい号が出たら送ってください」と褒めていただきました。送付先として渡された名刺は肩書きがなく名前のみでしたが、それを必要としない、それこそがこの方を表しています。
当宮を大事にされ、転居後も「氏神さま」として慕われたよき氏子さんを亡くしてしまいましたが、この方の遺志に応えるためにも、毎日の神社奉仕を地道に続けねばという使命をあらたにいたします。
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